沖縄女子高制服図鑑を探して(3) 週刊レキオ編2

2016/07/16昔話, 沖縄, 沖縄女子校制服図鑑

前回は「おきなわ女子制服ノート」連載序盤の紹介をしました。以下、連載のなかから興味深い記事を紹介します。

コザ高校

第9回はコザ高校。コメントには「コザの街は不思議な街ですが、コザ高校の女生徒たちもきっと不思議な人が多いのでしょうね」。どうしてそうなる?

イラストではネクタイを結んで前後に重ねていますが、(Google検索によると)襟のラインと紐は直結していて、しかも紐は細いのでこのイラストのようには結べないと思う。
制服が変わったのかイラストが間違えたのか。たぶん後者だと思いますが調査は識者[誰?]に任せたい

※ 制服が変わったようです。 cf. https://twitter.com/okinawa_seihuku/status/763372811205300224

「コザ高校 沖縄襟」を検索すると何件かヒットするが、沖縄襟の定義が人によって微妙に違う気がする。前回記事「制服図鑑」通信〈3〉の記述が変化しつつ受け継がれているのか、それとも沖縄エリは独立して何度も発見されているのか。これも調べてみると面白いと思う。

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週刊レキオ 第61号 1986年5月30日 P.10

イラスト下に写真募集が書かれています。これは第5回首里高校から。そろそろ手持ちのネタが尽きてきた&長期連載を睨んでの掲載でしょうか。

那覇高校

第15回 那覇高校。「街を歩く子にはノーネクタイの子も多いのです」と書かれている。

伝統は今も生きていて、那覇市長に会った写真もノーネクタイ(那覇高校バスケットボール部来訪 | 那覇市)。その他、検索してもノーネクタイ写真が少なからず存在する。

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週刊レキオ 第67号 1986年7月11日 P.10


下のイラストは那覇高校同窓会(城岳同窓会)による創立50周年記念誌に掲載されていたもの。県立第二中学校は明治43年(2010年創立)、「城岳同窓会[沿革]」によると「昭和33年(1958年)」に「記念誌を発行することを決議」とありますので、1959年-1960年ごろ発行されたと思われます。週刊レキオ連載よりも20年ほど前ですね。

城岳同窓会は最近創立100周年記念誌も発行しています。

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二中・那覇高校創立50周年記念誌


先ほどの城岳同窓会誌から現在まで那覇高校の制服は変化がありませんが、終戦直後の那覇高校生の写真を見るとネクタイではなくてスカーフが写っています。

那覇まちのたね通信「真和志(学校)/沖縄県立第一高等女学校・沖縄県女子師範学校 姫百合橋の下で 2部2年生徒」の制服に似ているようにも見えます。何か関係があるのかもしれません。

撮影日時:不明 / 所有者:那覇市歴史博物館
那覇市歴史資料室収集写真/戦前
配信元:那覇まちのたね通信
事業主体:NPO法人ちゅらしまフォトミュージアム・地域情報エージェント株式会社

レキオ編まだ続きます

「おきなわ女子制服ノート」は2年以上続いた連載。興味深い記事も多いので、もう少し紹介したいと思います。

続き: 沖縄女子高制服図鑑を探して(4) 週刊レキオ編3 | ず@沖縄