沖縄女子高制服図鑑を探して(2) 週刊レキオ編1

2016/07/03昔話, 沖縄, 沖縄女子校制服図鑑

沖縄女子高制服図鑑を探して(1)の続き。
週刊レキオ連載記事について書く前に、前回書き洩らしたことを記しておく。

沖縄エリ

「制服図鑑」通信〈3〉によると、沖縄のセーラー服はエリが直線ではないという特徴があるらしい。沖縄エリという名前まで付けられている。
Google画像検索し比較してみると、確かに日本のエリは直線で沖縄は曲線的である。どうして差が生まれたのだろう?

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「制服図鑑」通信〈3〉 森 伸之,図鑑舎編 弓立社 (1988/10) P.109より

週刊レキオについて

1985年4月1日(月)発刊のタブロイドサイズの週刊フリーペーパー。第2号からは毎週金曜日発行(現在は毎週木曜日発行である)。

創刊のころは雑誌週刊誌風の記事も多かった「ぴあ」「シティロード」が成功しタウン誌が各地に生まれていた。団塊世代がまだ30代である。

試行錯誤を経て3ヶ月ほどで紙面は落ち着き、若人向けの面白情報を載せたミニ新聞になる。ターゲットは10-20代だろうか。

当時流行りの深夜放送ネタ、トマソン、ソニー坊や、坂道錯視や連載小説などが掲載されていた。

おきなわ女子制服ノート

創刊から満1年が経過した1986年4月4日発行の第53号からおきなわ女子制服ノートの連載が始まる。

記念すべき第一回は那覇商業高校。当時の琉球新報本社(泉崎)からも近く取材しやすそうな学校である。

イラストは渚美鈴さん。まだイラストを描き慣れていない感があるが、この後どんどん上手くなっていく。

この連載のイラストも私の記憶にある沖縄女子高制服図鑑とは異なります。記憶にあるイラストはもっと下手だったと思う。

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タイトルが「女子高制服ノート」ではなく「女子制服ノート」であるのは中学校の制服も掲載する予定だったのだろうか?

連載序盤・小禄高校

東京女子高制服図鑑は著者の森伸之氏の蓄積の上に書かれた本で、内容も一定していた。

おきなわ女子制服ノートは東京女子高制服図鑑が話題になったあとの便乗企画だったのか、手持ちの情報で何回か掲載して様子をみてみようという雰囲気がなんとなく感じられる。
連載序盤はどのような方向性にするかの試行錯誤が伺えて面白い (まだ創刊1年の週刊レキオ全体がそのような勢いがあった)。

連載2回目。1986年4月11日発行第54号掲載。「とても旧・小禄村にある高校とは思えないほどハイセンス」などと毒が書かれている。

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当時はジャスコ那覇店もゆいれーるも存在しない頃。広大な米軍基地は解放されたが、まだ跡地利用は行われていなかった。
小禄は川(漫湖)の向こうにあり、実際の距離以上に遠く感じたものだ。

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レキオ編続きます

「おきなわ女子制服ノート」には興味深い記事が意外に多かったので、何回かに分けて紹介することにします。

ちなみにこの記事を書いている時点ではまだ沖縄女子高制服図鑑の正体はわかっていません。調査終わるのだろうか……

続き: 沖縄女子高制服図鑑を探して(3) 週刊レキオ編2 | ず@沖縄