世界中のアリと人類の総体重は同じくらい?
都市伝説っぽいけど、裏を取ろうとすると面倒くさい話はいくらでもある。「世界中のアリと人類の総体重は同じくらい」というのもそれ。一見簡単に検証できそうなので計算しているブログやQAサイトはいくつか見つけたが、どうも腑に落ちないので調べてみた。
この話は ある bot がTweetしていたものが RT されてきたものだが、bot の類は原典へのリンクを載せてくれないので困る。商売でやってるから面倒くさいことはしないのだとは思うが。
追記:@ottwo さんに誤りの指摘と情報提供をいただきました。感謝いたします。
目次
- フェルミ推定
- 情報源はどこか
- 「蟻の自然誌」が元ネタらしい
- Journey to the Ants: A Story of Scientific Exploration
- 昆虫の総数の根拠は?
- Ant Ecology
- Bolton 2007, May 1988とは?
- バイオマスから攻めてみる
- その他の情報
- 結論
- 追記
- さらに追記
- 参考文献
フェルミ推定
そもそも蟻の総体重どころか人類の総体重ですら厳密に調べることはできない。
人類の総体重であれば、総人口と平均体重を推定してそれを掛けるぐらいだが、人口はともかく、体重は飽食の国と飢餓の国でも異なるし若年者が多いかどうかでも異なるだろう。
蟻になると計算はもっと大雑把で、個体数も平均体重もかなりアヤフヤな推測になる。この両者を比べるのだから、桁がだいたい合ってれば同じ、と見なしていいだろう。どのみち真の値は知りようがないし。
このような概算は「フェルミ推定」と呼ばれていて、本も出ている。
情報源はどこか
検索してみると根拠としてナショナルジオグラフィック誌の2006年10月号「アリの社会」を挙げている記述が多い。「アリの世界」という記事だという引用も複数あるのだが、公式サイトでは「アリの社会」になっている。謎だ。- ナショナルジオグラフィック誌の2006年10月号「アリの社会」(公式サイトの紹介記事)(ここには総体重を比較する記述はない)
『ナショナル ジオグラフィック』(2006年10月号)「アリの世界」によるとアリは地球上に約1京(1兆の1万倍)匹もいて、その総体重は全人類の総体重に等しい、という。
第11回 小さくて大きな可能性をもつ群知能 | ナショナル ジオグラフィック(NATIONAL GEOGRAPHIC) 日本版公式サイト
Edward O. Wilsonが「地球上には約1京匹のアリがいるといわれ、その総体重は全人類の総体重にほぼ等しい。」と記した『ナショナルジオグラフィック日本版』2006年10月号pp.148-161の記事「アリの世界」が、この話題の発信元らしい。
「蟻の自然誌」が元ネタらしい
後者のサイトではさらに調査を行い、ナショナルジオグラフィック記事の著者が書いた書籍「蟻の自然誌」の同様の記述を探し当てている。著者は Bert Hölldobler と Edward O. Wilson。
この本はWebで見つかる書評によると「めちゃくちゃ面白い」本らしいが絶版。中古だと6,300円の本にさらにプレミアが付いている。さすがに買えない。
「蟻の自然誌」は県立図書館・那覇市立図書館には無く、浦添市立図書館・宜野湾市民図書館・琉大図書館にはあるらしい。那覇市立は蔵書が少ないので仕方ないけど、県立にもないのか…
『蟻の自然誌』p.11に、かうあった。「イギリスの昆虫学者C・B・ウイリアムズが、ある瞬間に地球上に生存する昆虫の個体数は10の18乗(100京)匹だと推定したことがある。控えめに見積もっても、このうち1パーセントはアリで、それらの個体数は1京(1満兆)という計算になる。種によって違うが、1匹の働きアリの重さは平均すれば1~5ミリグラムだ。世界のアリを全部合計すればおよそ人類全体の重さに匹敵する。」
蟻の平均体重に5倍の誤差があるし、個体数の見積もりもかなり大雑把だ。
本書の英語版初版の発行年(1994年)の世界総人口は57億(資料:統計局ホームページ/世界の統計2013の世界人口の推移)。
大雑把に50億人、平均体重を女性や子供まで含めて 40Kgとすると総合計は 50*108*40*103=2000*1011=2*1014g。蟻の方は 1~5*10-3*1016=1~5*1013g。
やや人の方が重いが、平均体重も蟻の数も有効数字1桁以下だろうから これぐらいの差ならだいたい合ってると思って良いかな?
Journey to the Ants: A Story of Scientific Exploration
「蟻の自然誌」の原本である “Journey to the Ants” の方は 米Amazonの “LOOK INSIDE!”(チラ見)を使って該当箇所(P.1)を読むことができる。「1京匹のアリを数えたのは誰か」に書かれている日本語版の引用と同じ推計が書かれている。
“The British entomologist C.B. Williams once calculated the number of insects alive on earth at a given moment is one million trillion (1018). If, to take a conservative figure, 1 percent of this host is ants, their total population is ten thousand trillion."
昆虫の総数の根拠は?
“Journey to the Ants”が引用している C.B.Williams さんの本・論文はどれだろうか?
WikipediaのCarrington Bonsor Williamsに主要な文書は載っているが、もちろん英文だし、探すのは大変そう。
“THE USE OF LOGARITHMS IN THE INTERPRETATION OF CERTAIN ENTOMOLOGICAL PROBLEMS” がそれっぽいのだが…
Pest Management Professional に記述があると教えていただきました。
@zu2 http://t.co/iJ4M25WXpiの22ページ、ソースはこれのようです http://t.co/X97SjDhPGf
— 死にたい学生bot (@ottwo) May 26, 2013
Using the theories and formulas from his 1943 paper
titled, “Area and Number of Species,” CB Williams, a
British entomologist, surmised that at any given moment,
the insect population on the earth is about 1 million
trillion.PMP Digital Editions, April 2010(Ants, Ants & More Ants, P.22)
ここで参照されている “Area and Number of Species” は、“AREA AND NUMBER OF SPECIES : Abstract : Nature” 。
Area and Number of Species, by Carrington B. ('C.B.') Williams にて全文が読める。
種数と個体数の関係を求める式に関する論文で、これを元に蟻の種数から個体数を推測しているわけだ。
Ant Ecology
さらに、Wilsonらによる “Ant Ecology” (初版2010年) の ix にも同様のやや詳しい説明がある。これも LOOK INSIDE! で確認できる。
この本によると Bolton 2007, May 1988 に昆虫の種数のうち1%未満が蟻であり、Holldobler and Wilson 1994 に 総個体数が 1013と書かれているようだ。
Holldobler and Wilson 1994 は “Journey to the Ants”(蟻の自然史) のことであり、結局この本に行き着く。
accounting for less than 1% of all described insect species (Bolton et al. 2007; May 1988).
Despite their relatively small contribution to overall global biodiersity,they are omnipresent in virtually every terrestrial habitat.
The estimated 10,000 trillion individual ants alive at any one time weigh about as much as human beings combined (Holldobler and WIlson 1994).
@zu2 あ、さっきのリンク間違いでした。Holldobler and Wilson 1994てのは結局Journey to the Antsの事みたいです。Referenceでは間違ってHolldobler and Carlinの所に書いてありますが。
— 死にたい学生bot (@ottwo) May 26, 2013
Bolton 2007, May 1988とは?
(この項、勘違いがありましたので修正中です。Mayは人名だったのか…5月だと思ってた ^^;)
Boltonさんの2007年、May さんの1988年に出版した書籍か論文に蟻の種数について書かれているようだ。“Barry Bolton” さんだろうか。蟻の研究では権威のようだ。
@zu2 「Bolton et al. 2007; May 1988」というのはBolton氏らの2007年の文献とMay氏の1988年の文献という事だと思います。残念ながらどちらもReferenceのページがちょうど見られませんが。
— 死にたい学生bot (@ottwo) May 26, 2013
@zu2 あと個体数じゃなくて種の数が全昆虫の1%という事みたいですね。Bolton et al.はこれかと http://t.co/HuBWt2ELY6
— 死にたい学生bot (@ottwo) May 26, 2013
バイオマスから攻めてみる
総重量ではなくバイオマスが等しいと書いてある記事もいくつかあった。代表としてWikipediaを引用する。
熱帯雨林では植食性動物ではシロアリ、肉食性動物ではアリが人間のバイオマスに匹敵するほどの大きなバイオマスを誇っているほどである。
英語版は少し詳しく、蟻の総数は 1015~1016としている。
日本語版Wikipediaには参考文献が書かれていないが、英語版では “The Superorganism: The Beauty, Elegance, and Strangeness of Insect Societies” が参考文献として上げられている。こちらの著者にも Wilsonさんが名を連ねている。It has been estimated by E.O. Wilson that the total number of individual ants alive in the world at any one time is between one and ten quadrillion (short scale) (i.e. between 1015 and 1016). According to this estimate, the total biomass of all the ants in the world is approximately equal to the total biomass of the entire human race.
同書をチラ見検索すると P.5 に該当箇所がある。
前提となる数値は 全人口6.6*109、蟻の数は1015~1016、人の体重は蟻の106~2*106倍だとしている。蟻の数として多いほうを採用して、6.6*109*1~2*106=0.66~1.32*1016≒1016 と計算している。
“then ants and people have (again, very roughly) the same biomass.” と書かれているように極めて荒っぽい概算だが、かなり合ってる。
しかし、蟻の自然誌 の数値を使うと体重比は0.8~4*107ぐらい。 1~2*106とは桁が違う。前提となってる数値が違うのか、蟻の平均体重はもっと重たいのか、それとも計算を合わせるためにこちらの数値をいじったのか….??
「アリの重さをはかる!? | 自然科学観察コンクール(シゼコン)」では 5mg、2mg としているので、蟻の自然誌の数値で良いように思うのだが。
About 6.6 billion individuals compose Homo sapiens, the most social and ecologically successfull species in vertebrate history.
And the number of ants alive at any given time has been estimated conservatively at 1 million billion to 10 million billion.
If this latter estimate is correct, and given that each human weighs on average very roughly 1 or 2 million times as much as typical ant,
then ants and people have (again, very roughly) the same global biomass.The Superorganism: The Beauty, Elegance, and Strangeness of Insect Societies
その他の情報
ディスカバリーチャンネルの「The Ultimate Guide アリ」にも類似の記述があるようだ。こちらでは人間の体重は蟻の 107倍になっていて、蟻の自然誌の1~5mgから計算した数値に近いが、 The Superorganism の 1 or 2 million times とは 1桁違う。
一匹のアリの体重は、人間の1000万分の1。しかし、世界中のアリを合計すると、何と全人類の重さに匹敵する。
結論
- 複数の権威ある書籍に 全蟻と全人間の総体重(バイオマス)が等しいと書かれているのは事実。
- ソースを辿ると Wilson の書籍と、そこで引用されている Bolton, C.B.Williams に行き着く。
- Bolton による蟻の種数の推計、C.B.Williams の式を使って 蟻の大雑把な個体数を求めて、そこから総重量を計算している。
- 非常に大雑把な推計に基づくものであり、1-2桁の誤差は充分あり得る。もっと大きな誤差があるかもしれない。
「蟻 人間 体重」で検索すると、自分で推計して「1桁も違う!」と書いてあるところも多いけど、そもそもそんなに厳密な推計じゃないので、1桁ぐらいの差なら等しいと考えてもいいんじゃないかな。
数学や物理だともっとぶっとんだ「等しい」も出てくるし。
追記
この文章を公開したあとBBCからも記事がでた。元ネタが C B Williams に遡ることを(ちゃんと)指摘してる。その上で、計算すると蟻の平均体重が60mgになるので合わない、と書いてある。でも、これだけ大雑把な推計で誤差1桁ちょっとなら上出来なんじゃないかな?
Wilson and Hoelldobler’s calculation is based on the idea that the average human weighs a million times more than the average ant. So how well does that stand up to scrutiny? The average adult human weighs 62kg, so that would make the average ant about 60mg.
(中略)
“The common ants which live in British gardens weigh about 1mg or 2mg."Are all the ants as heavy as all the humans? – BBC News(22 September 2014)
さらに追記
2022年9月21日のCNNの記事。「これまでの推計では、地球上のアリの数は1000兆匹~1京匹とされ、地球上の昆虫の個体数の約1%を占めるとされていた」・「研究チームは求めていた全てのデータを収集できたわけではなく、2京匹という推定は少なく見積もっての数字だという」 とのこと。記事の写真には「地上に住むアリの数は3000兆匹と推定されている」との説明も書かれている。
- 地球上のアリの数は2京匹、これまでの推計の2~20倍(1/2) – CNN.co.jp
- The abundance, biomass, and distribution of ants on Earth | PNAS
参考文献
- ナショナルジオグラフィック 2006年10月号(特集アリの社会)
- 蟻の自然誌(Bert H¨olldobler, Edward O. Wilson 原著、辻和希、松本忠夫 翻訳)
- Journey to the Ants(Bert Hölldobler, Edward O. Wilson (Author) )
- The Superorganism(Bert Holldobler, E. o. Wilson 著
- The Ultimate Guide アリ(ディスカバリーチャンネル DVD)
- PMP Digital Editions, April 2010(Ants, Ants & More Ants)
- AREA AND NUMBER OF SPECIES : Abstract : Nature
- Ant Ecology(Lori Lach (Author), Catherine Parr (Author), Kirsti Abbott (Author)
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません