首里に上る坂の途中にあるホテル(ノボテル沖縄那覇)が売却されるという報道があった。
- ノボテル那覇、運営変更へ アコー来月終了、営業継続 沖縄(琉球新報 2026年06月06日)
- ノボテル沖縄那覇売却 100億円規模 8月から名称変更、雇用引き継ぎ休館なし | 沖縄タイムス+プラス(沖縄タイムス 2026年6月13日)
このホテルは元は沖縄都ホテルだった。2017年に売却され、2018年からノボテル那覇になった。
それに伴い、付近のバス停名も「沖縄都ホテル前」から「ノボテル沖縄那覇前」に変更になっている。
バス停名が変わるのは利用者にとって不便
今回の売却に伴いホテル名称は変更されので、バス停名も再度変更になると思われる。たったの8年で再度バス停名変更になる。
バス停名が変更されると利用者が迷うし、付近の店舗や公共施設の案内表示も変更しないといけないので被害甚大。
路線検索アプリで名称を入れても検索できなくなるのも困る。せめて、バス停名に旧名称や地名を括弧書きで入れてくれるといいのだが。
都ホテル前よりも前は?
そもそも沖縄都ホテルは1974年オープンなので、このバス停は別の名前だった。記憶では「観音堂前」だったので資料を探すと確かにその通り。
那覇の旅 那覇市役所経済部観光課 1985年 p.14より引用
ブルーガイドパック沖縄 実業之日本社発行 1985年 p.29 より引用
国会図書館デジタルコレクションで探すと、1993年の使用例があるので、少なくともこの頃までは「観音堂前」。
沖縄都ホテルの旧ページを掘ってみると、少なくとも2005年には「都ホテル前」になっていたようだ。
ネーミングライツ事業が始まったのは2022年なので、ちょっと不思議な感じ。
現在の観音堂前バス停との関係は?
現在、観音堂前バス停は赤マルソウ通り(赤田寒川線)に存在する。これは首里城下町線ができたときに再開設されたバス停だと思われる(資料が探せない)。
元々はこの位置には「電監前」バス停が存在していた。琉球政府の電波監視所があったところだ。
ノボテル那覇沖縄が売却されたあとで、もし「観音堂前」に戻すなら、赤マルソウ通りのバス停名と衝突してしまう。どうするんだろ。
交差点名をとって松川東とかになるのだろうか(わかりにくいなー)
名称が安定しない問題
「昔の沖縄の路線バス」さんが、平成以降も変更を一覧にしてくださっている。施設の移動や運営者変更で名称の変わったバス停が多数ある。
ネーミングライツで変わったバス停は、今後も変更になる可能性大だと思う(特にホテル業界は変更が激しい)
建物名でバス停名つけるのは、建物が有名ならわかりやすくていいのだけど、所有者がころころ変わる時代にはそぐわないのかも。
地名を素直につけた方がいいのだろうか。


コメント
1993年にバス協会が発行した時刻表冊子(バス運行時刻表)と運賃表冊子(運賃及び粁程表)を見てみると、時刻表冊子では観音堂前ですが、運賃表冊子では沖縄都ホテル前になっています。
時刻表冊子の発行は例年3月頃、この年の運賃改定は11月ですので、あくまで推測ですが、観音堂前→沖縄都ホテル前への改称は、1993年3月~11月頃かもしれません。
ちなみに、赤マルソウ通りの観音堂前バス停は、首里城下町線(正確には前身のコミュニティバス「石嶺・首里城みぐい線」)の運行開始時に新設されたバス停で間違いありません。
沖縄総合事務局が発行した冊子の路線図(P.8)に、新設バス停として記載されています。
https://www.ogb.go.jp/-/media/Files/OGB/Soumu/muribushi/back/2004/200411/saisin/zentai.pdf
ありがとうございます。
1993年ごろには既にネーミングライツ的な制度があったということになるのかな?
観音堂前バス停は電管前時代からずいぶん年月が経っているので、場所が同一かも謎ではあります。