仕組みを知ること / 仕組みを知る側であること

2012/02/09読み物

物事の仕組みを知るということは、大事なことなんだな、と当たり前のことを思ったり。

先月、「米長邦雄永世棋聖 vs ボンクラーズ プロ棋士対コンピュータ 将棋電王戦」が行われて、将棋ファンとしての感想やメモは「米長永世棋聖・ボンクラーズ電王戦感想」に まとめたんだけど、ここはもうちょっとメタ的な話を。まとまりのない雑文になります。


米長永世棋聖の敗戦を受けて、にちゃんねるやいろんなところで話が盛り上がっている。盛り上がっているのは良いんだけど、コンピュータ将棋に関する理解が足りなくて、議論が明後日方向に行っている人も多い (逆に、コンピュータには詳しいんだけど、将棋界には詳しくない人の明後日の意見も見かける)。

半年ROMれ、じゃないけど先達の知見を知っておくことは重要。そうでなければ良くて車輪の再発明、悪くすると陰謀論に堕してしまう。東京電力の原発事故以来よく見かけるトンデモ発言もそういうのが多いんだろうな、とは思う。
(自戒しないといけないことでもあるね。自分の専門分野以外は「高校卒業程度の知識」すらないんだと思うし)


世の中の進歩が速くなって、原理原則から学ぶ暇すらないんだろうなとも思う。私のようなマイコン世代は、コンピュータの進歩を8bit時代から見てきて、ハードウェアの基礎やアセンブリ言語とかコンパイラとか一通り学んだものだけど(30年ほど前のマイコン環境)、Webから入った人にはそれは酷なわけで。発展段階と同時に過ごせるというのは、ある意味幸福な時代を過ごしたということでもあるんだろうなあ。カンブリア爆発と共にいた世代と、哺乳類の世代。今の恵まれた環境の若者の成長も羨ましいではあるんだけどね。

いろんなことが高度に発達しすぎて実感しにくいってのもあるだろうな。コンビニにある商品やサービスの裏に隠された膨大な仕組みを考えると頭がクラクラする。100円で買える商品だからと言って簡単に作られてるわけではないし。ちょっとした商品にもICチップが入ってて、坂村健が30年近く前に電脳都市で語っていたような世界になっている。


技術や組織化が進むと、ある種のシステムはそれを動かしている人の手元にしか実物がなく、詳しい事情を知っている人が関係者ばかりになっていたりする(しかも、本当に知っているのは下請けの人ばかりとか)。だから外部から指摘しようとすると方向外れになったりするんだけど、かといって事情を知ってる人は口を開けなかったりとか。事情に詳しくなりすぎると「その立場」で考えるようになるので世間と乖離しがち、ってのもあるよなあ。

将棋ソフトの場合は、いろいろな情報は公開されているし、ソースコードが公開されているソフトもあるのでそれを読んで動かして学べば、マトモな意見もでてくるんだろうけど、それは時間がかかるしみんなに期待できることでもない。原発のような巨大システムだと「動かして学ぶ」わけにもいかんしね(^_^;

かつてSF作家の眉村卓がインサイダー文学論で語ってたのは、そういうことかもしれない。調べてみたらインサイダー文学論って1968年に語られてたのね。古いなあ(俺も)。

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Posted by ず@沖縄