なぜ私はviを使うようになったのか

Linux, 昔話, 読み物

いまだにプログラムや文書書きには vi 使ってます。さすがにスマホでは使わないけど。

大昔PCで使われていたエディタのほとんどは絶滅したけど、viは未だに現役。

BASIC MASTER L2IIのころ(1970年代終わり)

1980-BASICMASTER-1

最初に手に入れたマイコンはBASIC MASTER L2II(MB6881)だった。当時はマイナーな機種・CPUのほうが雑誌では受けが良く、命令がわかりやすい6800系ということで選んだ。
今から思えば、楽をしたければPC-8001を買うべきなのであって、BASIC MASTER使いはソフトが少ないことで苦労したものだ。
画面サイズが32×24しかなく、PC-8001やMZ-80Kの画面(80×25)に合わせて作られたソフトが移植しにくかったり。
TK-80BSとは画面サイズが一緒なのでこちらからは移植しやすかった。

苦労したおかげで他機種のソフトを移植することには慣れたし、ソフトは自分でなんとかするもんだという癖は身についた。
(あの頃、西武労働レストラン(SAVE,LOAD,LIST,RUN)と言われていたような、単にプログラムリストを打ち込んで遊ぶだけのユーザーだったなら今の自分はないと思います)

このころは言語処理系とエディタは分化されておらず、BASICインタプリタ付属スクリーンエディタや、アセンブラ付属エディタでプログラムを書いていた。
そもそもOSもないし記憶媒体はカセットテープだしメモリは32KBしかないし。独立したエディタを使うような環境ではなかった。

FM-8のころ

エディタらしいエディタはなかったけど、F-BASICのコメント文をエディタとして使う言語処理系も使われていた。
せっかくROM内にエディタがあるのだからそれを使った方が簡単だし高速だ。

CP/M-80とかOS/9、FLEXのようなOS配下のエディタはあったけど、ROM上で動くF-BASICに比べると遅いし使いにくかった。

世の中にはWordstarという素晴らしいエディタがあってダイアモンドカーソルが使えるんだよ、と雑誌で教え込まれたが、わざわざCP/M-80上のWordstarを動かすような必然性もなかった。どうしてもCP/Mを使う必要があるときは ed を使ってプログラムを書いた。ed は行単位エディタなので、BASICのスクリーンエディタに慣れた身には使いにくかった。

エディタが日記や文書作成ツールになるのはさらに後の話。このころから清書ツールとして日本語ワープロが普及し始める。
(FM-8/7用にも COMAS-V3 というソフトがあった)

PC-9801/FM-16βのころ

1985年ごろからPCの使い方が変化し、BASICを使うのではなくて OSからソフトを起動して使うものだという風になったと思う。
(もっとも当時のPCは日本語ワープロ専用機として購入されることが多くて、「松」や後には「一太郎」専用機として使われていたことが多かったと思う)

私が16bit機を使うようになった頃にエディタ戦争が勃発。RED、FINAL、MIFESなどのエディタがスクロール速度の速さを競っていた。

ちまたではMIFESが人気だったと思う。私は勤務先の標準エディタがREDだったので素直にREDを使ってました。VZが人気を得るのはもうちょっと後の話。
(後にVZも買ったんだけど、REDから乗り換えるほどではなかったんだよな)

FM-16βにはFM-OASYSという純正ワープロがあったんだけど、当時のFM-OASYSはOSもフロッピーファイルの記憶形式も独自形式(MS-DOS非互換)。リブートするのが面倒くさいから文書作成もエディタを使っていました。

その後、ワープロが機能追加競争で重く複雑になり、文書作成には軽いエディタに切り替えた人は多かったように思う。

エディタ使いのために、単なるテキストファイルを綺麗に印刷するツールが流行ったりした (fin,xtr,jroff……)。
システム手帳が日本に入ってきたころで、6穴バインダーに綺麗に印刷するにはどうすればいいか試行錯誤したり。

Turbo Pascal

当時、Cを使ってプログラム書いていたが、とにかくコンパイルが遅かった。

遅いハードディスクにいくつも中間ファイルを作るので遅いのは当たり前だと思ってたころに彗星のように現れたのがTurbo Pascalだ。
オンメモリコンパイルが嘘のように速い。統合環境のエディタはWordstarコンパチの上に軽く、価格も安かったと記憶している。

流行りのBBSのホストプログラム(WWIV)も Turbo Pascal で書かれていて、利用者はかなり多かったと思う。

Turbo Pascal のエディタは軽くて使いやすかったので、他の言語のソース書きや日常の文書作成にも使ってました。

ASCII Net pcsを使ってたころ

ASCII Net pcsに入り浸るようになってから、vi clone (stevie)のPC9801版を使うようになりました。

当時、パソコンユーザーに人気の三大エディタ(RED/MIFES/FINAL)に比べるとスクロール速度は圧倒的に遅いのですが、viは検索が使い易いのが良かった (むしろ他のエディタの検索が使いにくかったのだと思う)。 ファンクションキーに手を伸ばさなくても全てのコマンドが使える素晴らしいエディタだ。

カーソル移動のhjklも当時の自分には合ってました。片手でパソコン通信ログを読むには最適。emacs clone も使ったけど、キーバインドを覚えきれずに挫折。間違って emacs 起動したときのために終了だけは覚えました。

STEVIE is perhaps my most noteworthy contribution to the Open Source movement, even though the phrase Open Source didn’t exist way back in June of 1987 when I posted my little clone of the 'vi’ editor to Usenet. STEVIE stood for:
ST Editor for VI Enthusiasts

nosuch.com/tjt/stevie/

stevie はテキストをオンメモリで持つエディタだったので 大きなファイルが扱えなかった。そのために大きなファイルを扱える別の vi cline (elvis)を使うようになった。
どちらも国産機種に移植されていて、メーカの異なる複数機種を使うときは便利だった。

もっともそう思うのは私のような利用者だけで、一般のPCユーザーはワープロを使い、パソコン通信ユーザーはvzを使っていたように思う。

Elvis is a clone of the Unix “vi" editor, with many extensions.

Steve Kirkendall

UNIX/Linuxを使うようになったころ

当然 vi を使ってました。標準コマンドなのでどこでも使えるし。日本語使えない環境の場合は elvisや itojun先生の nvi-m17n を入れて使ってた。
まあ、普通の環境ですね。 emacs入れるとメモリ食うから使うな、とか言われたり。

vi と X+kterm、あるいは vi と screen のようにviを複数ウィンドウで使うようになったのもこの頃ですね。 :e! だけだと力不足。

Windows 95のころ

秀丸エディタが大流行してましたなあ。

さすがに vi 使うのは厳しかったので、文書は Linux上のviで書いてからWindowsに転送してました。
Windows用のviもあったけど、コレジャナイ感があって使わなかった。

今では

実はWebブラウザのtextareaが一番よく使うエディタだったりして…

ちゃんとした文章書きやプログラミングはviですけどね。

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Posted by ず@沖縄