むかしむかしの琉大電子情報工学科
むかしむかしあるところに(NAL’s blog)によると、最近はこんな授業をやってるそうだ。なんとも面白そうな話である。NALさんの記事も懐かしく読んだ。
私は、情報工学科の前身の学科卒なんだけど、その当時と比べると隔世の感があるなあ。登場人物は余り変わってないかもしれないけど。
- PCが全然普及してない時期だったので、学科にPCがあるだけでもありがたい状態。FM-11AD2+(AD2かも)とMZ-80Bがあったような。授業でMZ-80B使ってエディタを書いた覚えがある。言語はアセンブラ。
- とある教官の部屋にApple IIcがあって入り浸る。Macもあったはず。
- UNIXが使えるマシンが1台だけあった。shutdown前のsyncを忘れると起動時にfsckが物凄く長い時間走る。adventureとかhangmanが入ってたと思う。このOSの後継には意外なところで会うことになる。
- LaTeXとか、そういうのは全然なかったなー。ワープロが普及し始めるのは卒業してからだし。卒論は8bit機の単漢字変換ワープロで書いたよ。
- そもそも学科の学生でも個人でコンピュータ持ってる方が少数派だったような。生協でフロッピーディスクが売られるぐらいには普及していたんだろうけど。複数台持ってるようなのはほんと少数派
- フロッピー自体が1枚2000円してて食費を削って購入してた。1200円になったときは嬉しかったなあ。もっと安い店を探したことも。
- プログラミングの授業は汎用機。FORTRANを習う。JCLとかPFDで脳味噌がウニになる。PFDには数年後に再会することになる。
- 汎用機のBASICでスタートレックを作って遊ぶ。このBASICがケメニー&カーツなBASICなんで、マイコン小僧にはきつかったよ。MAT文もちゃんとあったような。
- 初期アカウントで遊ぶのは一緒だな…
- Internetなにそれな時代。パソコン通信もなかったので、もっぱら雑誌と郵送に頼ってた。雑誌は隅から隅まで読んだなあ。
- 生協と球陽堂だけがマトモな本屋だった(コンピュータ屋には)。もっとも専門書の出版点数も知れてたけど。安里にサブカルに強い本屋があって、そこは愛用していた。
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