月刊おきなわJOHOのパソコン通信連載記事

このブログには「沖縄女子高制服図鑑を探して」という一部に大人気の連載があるのだが、その資料探索中に懐かしい記事を見つけたので紹介します。

その記事は「おきなわJOHO」というミニコミ(タウン誌)に掲載されていました。雑誌自体は2011年に惜しまれつつ休刊。私がJOHOを読んでいたのは1980年代後半のころ。ちょうど女子高制服図鑑が流行った時期です。

1983年に創刊された沖縄で最も老舗のタウン情報誌「おきなわJOHO」が3月1日発行の3月号を最後に休刊した。

当時の沖縄の人口構成

沖縄県は人口増加率が高く若年者が多いのですが、1985年はさらに若々しい県でした。下記に引用した1985年当時の人口ピラミッドグラフからも分かるように10-30歳台がボリュームゾーン。新聞等のメディアにも若向けの記事が多く掲載されていました。

おきなわJOHOも例外ではありません。当時の若者向けの記事が多く掲載されていて、今の感覚からは かなりリア充向けの雑誌だと思います。
(レキオは新聞折込媒体なのでやや上品なのですが、店頭売りのJOHOはもっと肉食系というかなんというか)

(20歳前後の凹みは進学等、55歳以上の男性が少ないのは沖縄戦の影響と思われる)

なかには「オタク族の傾向と対策」などと題した記事も。昭和時代の末期とはいえマイナーな趣味は肩身が狭いものでした。おきなわJOHOには稀に同人誌販売会の話やアニメ・パソコン等の記事も載るのですが、メインではありませんでした。


おきなわJOHO 1988年3月号 P.92-93

なぜかパソコン通信の記事が

そのようなおきなわJOHO誌になぜかパソコン通信の記事が連載されていました。1987年1月号から9月号まで*。当時はパソコンすらマイナーな時代なのに、輪をかけて利用人口の少ないパソコン通信の連載があったのは謎です。

* 1987年11月号目次にも載っていたのですが記事本体は見当たりませんでした。他の号でも目次と内容の不一致は存在するので、連載は9月号で終了と思われます。


おきなわJOHO 1987年5月号 P.65
(記事内でも「はっきり言ってマイナー」と書かれている。使用機材の例が音響カプラな時代)

下表は当時の県内パソコン通信ホスト局一覧。通信速度が300/1200だったり、運用時間が営業時間外だけだったり、時代がしのばれます。その後もホスト局は増加し、最盛期には沖縄県内に20局以上ありました。それらのホスト局は20世紀末にインターネットが普及すると共に次々廃止され、今では残っていないと思われます。


おきなわJOHO 1987年9月号 P.65

参考リンク

上はパソコン通信ホストのOSとプログラムの話。下は当時の沖縄のパソコン事情の表です。